平田クリニック かわら版 No.3 (2004年2月)
第3回 アレルギー減感作療法について
(花粉症・アレルギー性鼻炎・気管支喘息に対する)
1. 減感作療法とは
減感作療法は、花粉症、ハウスダスト(ダニ)などによるアレルギー性鼻炎や気管支喘息に対する根本的な治療法です。1915年にCookeにより紹介されて以来、90年の歴史がある治療法で、その有効性は基礎医学・臨床医学ともに有効性が証明されています。二重盲検比較試験でも有効性が証明されており、抗アレルギー薬では得られにくい長期寛解を得ることが可能です。もちろん、健康保険適応の治療になっています。
アレルギーの原因となる抗原(アレルゲン)を少量から徐々に注射して、アレルゲンに対する過敏性を低下させることができます。効果は治療開始から約2ヶ月で現れはじめ、6ヶ月で約70〜80%の患者さんで自覚症状が改善し、抗アレルギー薬などの薬を減量ないし中止できます。当クリニックでは現在ハウスダスト(ヒョウヒダニ)エキス、スギ花粉エキスなどによる減感作治療(鳥居薬品(株)製造のエキスを使用)を行っています。エキスは治療当日に患者さん個人に合わせた、適切な希釈濃度のものを作成し(その日のうちに使用しないと、アレルゲン活性が低下するため)、毎日新しい希釈液を作成しますので、衛生上も問題はありません。
減感作療法・将来の展望
今のところ、注射法による減感作療法のみが医療保険の適応ですが、現在、舌下投与による減感作療法の有効性が確認され、日本国内でも治験が行われており、近い将来は注射の必要が無い(痛みの無い)減感作療法が登場すると思われます。その他、副作用を起こしにくい抗原蛋白を用いたペプチド療法、抗原のDNAを注射するDNAワクチン療法も瞼球途上にあります。
2.治療期間
いつまで治療を継続するべきかについては、現在のところ明確な基準はありませんが、効果が認められた場合、治療を3年間続けると、約2/3の患者さんで治療を中止しても効果は持続するとされています。言い方を変えれば、3年間で治療を中断すると1/3の患者さんは再発します。しかし、再発する患者さんと再発しない患者さんを予測することは不可能なので、減感作療法を施行している医療機関では、3年にこだわらず長期に継続して治療しています。花粉症や気管支喘息は年齢とともに寛解することがしばしばあり、この時が治療の終了時期といえます。加齢とともにリンパ球の機能が低下するため、40歳以上のスギ花粉患者さんでは、5年間に19.7%が自然寛解したという報告もあります。スギ花粉症の場合、自然寛解は20歳代から認められ、寛解の過半数は50歳以上であるとされています。
3.治療の適応となる疾患
アレルギー性鼻炎・結膜炎(花粉症を含む)、気管支喘息で、原因アレルゲンがエキスと一致する場合です。アトピー性皮膚炎に対する有効性は確立していません。
4.対象となる年齢
5歳以上の小児、成人の方です。減感作療法は注射療法であることから、小児では定期的な注射にご本人の同意が得られることが必要です。
5.有効性のメカニズム
さまざまな実験結果から、以下のことがわかっています。
◆ 減感作が有効な場合、気道の好酸球数やECP濃度(好酸球陽性荷電性たんぱく)が低下する。
好酸球は、鼻炎や気管支喘息がある患者さんの気道粘膜に多数浸潤して、ECP(好酸球陽性荷電性たんぱく)、MBP(塩基性タンパク)などの組織障害性タンパクを放出して、気道粘膜を障害し、アレルギー症状を悪化させます。また、ロイコトリエンC4などのメディエーターを放出し、気管支を収縮させます(気管支喘息は発作的に気管支が収縮する病気です。)減感作療法では、これらが粘膜から減少することにより、アレルギー症状が軽快します。
◆ アレルゲンにより誘導されるTh2サイトカイン(アレルギー症状を増悪させる)が低下し、リンパ球の反応性がアレルギーを軽快させる方向に向かう。
免疫を司るT細胞リンパ球にはアレルギーを促進するTh2細胞とアレルギーを抑制するTh1細胞があります。Th2細胞はアレルギーの原因となる特異的IgE抗体の産生を促進するIL4(インターロイキン4)や、アレルギーの原因となる好酸球を分化・増殖させるIL5(インターロイキン5)などを産生して、アレルギー症状を悪化させます。逆にTh1細胞はIFNγ(インターフェロンγ)などを産生し、Th2細胞の働きを強力に抑え、アレルギー症状を抑えます。アレルギー性鼻炎や気管支喘息ではTh2リンパ球が優位になっていますが、減感作療法によりTh1リンパ球の働きが強まり、Th2細胞由来のIL4やIL5の発現が低下し、Th1細胞由来のIFNγの発現が高まるとされています。(Th1/Th2サイトカインバランスの良い方向への変化がもたらされます)
◆ 肥満細胞の数を減らし、機能を抑制する
肥満細胞(マスト細胞とも呼ばれます)は、粘膜に存在して、鼻水の原因となるヒスタミンや気管支喘息の原因となるロイコトリエンやプロスタグランジンを産生し、アレルギーに重要な細胞です。減感作療法を行うと、粘膜にある肥満細胞の数を減らすだけでなく、特異的IgE抗体を介した肥満細胞からのこれら化学伝達物質の遊離を抑えて、症状が改善することが報告されています。
6.実際の治療法
以下の順で治療を進めます。
1)閾値(いきち)の測定
治療を安全に進めるため、初回のアレルゲン注射濃度を決めます。ごく低濃度の溶液から皮内注射し、20分後の発赤の直径が2cm程度を示す濃度を閾値とします。
2)初回注射と維持量までの増量
閾値の濃度で0.02mlを皮下注射します。注射後10―20分間は副作用が出ないことを確認するため診療所内で安静にします。以降、50―100%づつ増量してゆきます。喘息の発作時は、症状を悪化させることがあるため、注射できません。
……1時間の間隔をあけて1日に1回( ̄最大6回程度)注射できます。
このようにして、維持量に達するまでは毎週1回から2回受診して注射します。
当クリニックでは、患者さんの経済的負担を減らすため、クラスター減感作法(1日数回注射する方法)を採用しています。安全性は同等で、治療にかかる費用は1日1回の注射でも6回の注射でも変わらないからです。維持量までの増量期間中は、無理の無い程度に1日当たり複数回の注射をうけるのが経済的です。
3)維持療法
注射後の発赤が約6―8cmになった量、あるいは症状が改善した量、あるいは副作用が出現した量より1段階程度少ない量をもって維持量とします。以降の1から2ヶ月間は2週間に1回、更にそれ以降は4週間に1回注射します。ただし、スギ花粉症の場合、花粉が飛散している時期は4週間隔では効果が不十分なことがあり、この場合、花粉症のシーズンだけ1−2週間に1回注射すると有効です。
4)治療期間
上記の通り、3年以上、できればなるべく長期間続けるのがよいとされています。
もし、転居などで同じ医療機関に通院できなくても、日本アレルギー学会の専門医名簿から、新しい転居先近くの減感作療法実施施設をご紹介しますので、ご安心ください。
・ ・・細く長く、根気よく続けることが大切です。
7.治療成績について
1例として、スギ花粉症の減感作療法の治療成績をお示しします。これは私が実際に栃木県のある企業の従業員の方8名に行った結果です。
減感作療法施行前後の自覚症状の改善
VAS(ビジュアル・アナログ・スケール)
縦軸は自覚症状の重症度で、100が最重症、0が全く症状なし、を示します。減感作療法を2000年の花粉飛散終了後に開始したところ、次の2001年、2002年のシーズンには花粉の飛散がピークである3月の自覚症状が大きく改善したことがわかります。この差は統計学的に有意でした。ちなみに、宇都宮市におけるスギ花粉の飛散数は
2000年・・・4979個/cm2
2001年・・・4414個/cm2
2002年・・・8505個/cm2
となっており、2002年のように花粉の飛散数が非常に多かった年でも、花粉症による症状は減感作療法で十分抑えられていることがわかります。
8.副作用
最後に、減感作療法の副作用についてご説明します。
1)注射部位
局所の腫れ、痒み、発赤が起こります。
……この反応が強い場合は、ステロイド軟膏を塗ると効果があります。当クリニックでは必要に応じて軟膏をお渡ししています。
2)全身的なもの
まれに発疹、咳、くしゃみ、鼻汁、眼の痒み、喉の違和感、気分不快、倦怠感、血圧低下が見られることがあります。
……この場合、適切な治療が必要になります。当クリニックではこのような場合に備えて副作用の治療薬を準備しています。
|