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平田クリニック かわら版 No.8 (2005年5月)


第8回 関節リウマチに対する画期的な治療法・・・生物学的製剤(抗サイトカイン療法)


関節リウマチの病態には炎症性サイトカインが深くかかわっていることが明らかとなり、これを標的とした治療法が開発されました。なかでも腫瘍壊死因子(TNF)に対する生物学的製剤はいち早く臨床開発が進められ、現在全世界で50万人以上の患者さんに使用され高い評価を受けています。当クリニックでも2004年7月からこの治療を開始し、患者さんから今まで使用していたどの薬よりも痛みが改善したとの評価を受けています。

新しく登場した生物学的製剤の画期的なことは、関節リウマチの進行を抑え、更に痛んだ関節が修復されるデータもみられることです。この薬剤を、他の抗リウマチ薬の効果がない、重症の患者さんに発病早期から積極的に用いることにより、以前は一部の患者さんにみられていた「寝たきり」状態を予防できるだろうと推測されます。

関節リウマチは、発病2―3年以内に骨びらん(関節破壊)が急速に進行するため、重症の患者さんには、特に早期から生物学的製剤を積極的に使用することが、世界レベルで推奨される治療となりつつあります。

日本では現在2種類の生物学的製剤がリウマチ専門医のもとで使用可能となっています。

これらは薬品名でレミケードとエンブレルです。この2つの薬剤は、抗TNF療法ともいわれ、従来の抗リウマチ薬で最も効果が高いといわれていたリウマトレックス(MTX)でさえ達成困難であった、「関節破壊の進行の停止(⇒寝たきりの予防)」という、最も重要な目的を高率に(もちろん100%ではありませんが)達することができることが画期的です。

TNF(腫瘍壊死因子)の関節破壊のメカニズム

リウマチ患者さんでは、活動性が高いほど血清のTNFαは高値で、関節破壊の進行によく相関します。TNFαは患者さんの関節滑膜(パンヌスと呼ばれる骨を壊す肉芽組織)にも非常に強く発現しています。


TNFのさまざまな細胞に対する作用

標的細胞 作用

マクロファージ

TNFαの産生を誘導、炎症性サイトカイン(IL-1、IL-8など)の産生、プロスタグランジンE2(発熱物質)の産生

滑膜線維芽細胞

増殖を誘導、炎症性サイトカインの産生、マトリックス分解酵素の産生(軟骨、骨を破壊する物質)

T細胞

活性化、細胞傷害活性を促進

血管内皮細胞

接着分子の発現(炎症を起こす細胞が関節に入りやすくなる)、炎症性サイトカインの産生

軟骨細胞

マトリックス分解酵素(MMP-13など)の産生

骨芽細胞

増殖の阻害、骨代謝の促進

破骨細胞

分化を促進(破骨細胞は骨を食べる細胞です)

好中球

機能の亢進、貪食能の増強


レミケードとエンブレルの比較


レミケードはTNFαに結合する抗体で、血中のTNFαに結合し、働きを阻害します。レミケードはさらにTNFα産生細胞の表面にあるTNFαにも結合し、TNFα産生細胞(関節を破壊する細胞)も障害します。




エンブレルはTNFαとβの受容体2分子とヒト免疫グロブリンを結合させた融合蛋白で、血中のTNFαおよびβと結合し、働きを阻害します。
レミゲート
 
エンブレル
 

薬品名 レミケード エンブレル
投与経路 点滴静注 皮下注射
用量 0,2,6週、その後 8週ごと 3mg/kg 週 2回 25mg/回
MTX併用 必須 併用可、併用時が有効性高い

レミケードの作用点
レミケード(左の図のY字の形をした抗体)は、血中のTNFαに結合して作用を阻害するだけでなく、炎症を起こす細胞の表面のTNFα(膜結合型)にも結合し、細胞を破壊します。

エンブレルの作用点
エンブレル(図のetanerceptがエンブレルのことです)は、炎症細胞が産生する血中のTNFαおよびTNFβの両方に結合し、標的となる細胞にTNFαとβの両方が結合できなることによりTNFの働きを阻害し、炎症を抑えます。

それでは、最近発表されたデータをもとに、この2つの薬剤の有効性を述べたいと思います。

1.レミケード(Clairら、Arthritis Rheum 2004;50:3432-43)

これはASPIRE スタディと呼ばれる研究で、発病早期のリウマチ患者さんにレミケードをMTXと併用して治療した効果をMTX単独治療と比較した初めての試験です。
対象となったのは1049名の罹病期間平均7ヶ月、腫脹関節数18−19、疼痛関節数29−33と、活動性の高い患者さんです。
対象患者さんをMTX単独群、レミケード6mg/kg+MTX併用群、レミケード3mg/kg+MTX併用群に割り付けて54週間治療しました。

 
その結果、上の表のようにMTX単独に比べてレミケード併用でリウマチの改善(関節炎の程度、日常の身体機能)が統計学的な有意差をもって高いことが示されました。図の中のACR20,50,70というのは、後述のようなリウマチ改善の目安で、ACR20は薬剤が有効であること、ACR50は薬剤が著効を示すこと、ACR70は病気がほぼ寛解したことを示す指標です。レミケードの併用で1年後に重症の患者さんの30%以上に病気の寛解が得られたという驚くべき数字です。

 

さらに、上の図のように、X線スコア(関節破壊スコア)の変化も、MTX単独では関節破壊が着実に進行したのに対し、レミケード併用ではほとんど進行しませんでした。副作用については、治療による死亡率は両群間に有意差はありませんでした。このように、ASPIRE試験では早期リウマチ患者さんにMTXだけではリウマチの関節破壊を抑えることができなかったのに、MTXにレミケードを併用することで関節破壊を抑制できることが実証されました。

前述したACR20%改善の判定基準は以下のとおりです。
この中の数字を50%、70%と置き換えたものをそれぞれACR50%、ACR70%改善といいます。

ACR20%改善とは

1. 圧痛関節数が20%以上改善
2. 腫脹関節数が20%以上改善
に加えて
以下の5項目中3項目以上が20%以上改善
1. 患者による疼痛の評価
2. 患者による疾患活動性の全体的評価
3. 医師による疾患活動性の全体的評価
4. 患者による身体機能の評価
5. 急性相反応物質検査(CRP)


2.エンブレル(Klareskogら Lancet 2004: 363; 675-681)

エンブレルの効果はレミケードとほぼ同等とされています。レミケードと比較しての特徴は、MTXが副作用などで使用できない場合でも単独で使用可能なこと、クリニックで注射の指導を受けたあと、糖尿病でのインスリンと同様に、家庭自己注射できることです。

2004年に発表されたTEMPOスタディは、活動性が高い682人のリウマチ患者さんを3グループに分け、@MTX、Aエンブレル、BエンブレルとMTXの併用、の3種類の治療を52週間(約1年)継続し、治療成績を比較しました。

その結果は、下の図のように、エンブレルは単独で使用すると関節炎の症状はMTXと同等に抑えることができることがわかりました。つまり、MTXが副作用などの理由で使用できない場合、エンブレルでMTXと同等の効果が得られます。さらに、エンブレルをMTXと併用すると、エンブレル単独およびMTX単独より統計学的に有意差をもって効果があることがわかりました。つまり、エンブレルは単独使用でも効果がありますが、MTXと併用すると(レミケードの場合と同じように)さらに効果が高まることが証明されました。

 

TEMPOスタディでのエンブレルとMTXの併用効果:エンブレルは単独でも高い効果がありますが、MTXと併用すると更に高い効果が得られることがわかります。

TEMPOスタディでのエンブレルの関節破壊抑制効果

左の図で特筆すべきことは、

@関節炎の臨床症状の改善(ACR20,50,70%)は、エンブレルとMTXで差がなかったのに、レントゲンでみた関節破壊はエンブレル単独使用だけでも十分な抑制効果があったこと。

AエンブレルとMTXを併用することで、エンブレル単独より更に有意に関節破壊を抑制したことです。

このように、エンブレルは単独使用でも関節破壊の抑制効果があること、MTXとの併用でさらに効果が高まることが証明されました。

●生物学的製剤はどのような場合に使用されるのでしょうか?

日本において生物学的製剤による治療が検討されるのは、下記の条件を満たす重症の患者さんです。従来の抗リウマチ薬で十分な効果が得られている場合は、もちろんその治療を継続し、生物学的製剤を使用することはありません。また、感染症を起こしやすくなる副作用があるため、禁忌(使用できない)の基準も定められています。(生物製剤使用ガイドライン 厚生労働省研究班による)

生物学的製剤は、下記を満たすとき使用する。
 * MTXを6mg/週以上、3ヶ月以上使用してもコントロール不良の関節リウマチ(以下の3項目を満たす)であること
 1. 疼痛関節 6個以上
 2. 腫脹関節 6個以上
 3. CRP≧2.0mg/dlまたは赤沈≧28mm/時

 * 日和見感染症の可能性が低いこと(以下の3項目を満たす)
 1. 末梢血WBC≧4000/mm3
 2. 末梢血リンパ球≧1000/mm3
 3. 血中β-D-グルカン陰性

生物学的製剤の禁忌(このような場合使用することはできません)
 1. 感染症を有している
 2. 過去6ヶ月以内に重篤な感染症の既往を有する
 3. 胸部レントゲン写真で陳旧性肺結核に合致する陰影を有する(但し利益が安全性を上回ると判断する場合、抗結核薬の投与を行ったうえで開始を考慮する)
 4. 肺結核の既感染者(但し利益が安全性を上回ると判断する場合、抗結核薬の投与を行ったうえで開始を考慮する)
 5. 肺外結核、カリニ肺炎の既往を有する
 6. うっ血性心不全を有する
 7. 悪性腫瘍、脱髄疾患を有する


● 治療費はどれくらいかかるのでしょうか?
下の表は、わが国で使用されている主なリウマチ治療薬の1年間の値段です。(3割負担として計算したものであり、老人保険の場合この3分の1です)

分類 市販薬剤名 抗リウマチ作用の強さ 1年間の費用(3割負担の場合)(円)
抗リウマチ薬 シオゾール(注射金剤) 3198
リドーラ 26871
リマチル 9975−19951
アザルフィジンEN 19666
メタルカプターゼ 8464
カルフェニール 30386
モーバー(オークル) 33507
アラバ 36912
免疫抑制薬 リウマトレックス 13010−26021
ブレディニン 127689
生物学的製剤 レミケード 407484
エンブレル 481675

この表でわかるように、非常に効果が高いレミケードやエンブレルによる治療は、その分医療費も高額であることが現状です。しかし、様々な制度により、医療費の補助が受けられます(一度払った医療費が、後から返ってきます)。このことに関し、レミケードを例に概説します。製薬会社(田辺製薬)が作成した医療・福祉制度ガイドブックを当クリニックでお渡しできます。非常によく出来たものですので、お問い合わせください。

● レミケード医療費の概算

以下の概算は、製薬会社の試算によります。試算の条件は、レミケード点滴の間に1回づつ外来を受診し、併用薬(リウマトレックス、プレドニゾロン、ボルタレンSRカプセル)を院外処方された場合です。

1)高額療養費制度
医療費が高額になった場合は、後で払い戻しを受けることができるのが高額療養費制度です。同じ病院や診療所で支払った1ヶ月の医療費が自己負担限度額を超える場合、申請することにより「高額療養費」として後で払い戻しを受けることができます。
以下の概算は、この制度を利用した場合の自己負担の概算費用を示します。
健康保険組合によっては給付金として医療費を受けることができ、下記の表より自己負担額が更に少なくてすみます(70歳未満で自己負担が年間10〜14万円程度の健康保険組合もあります)。
詳しくは、国民健康保険の場合は、市町村の窓口へ、社会保険(被用者保険)の場合は各事業所あるいは社会保険事務所へお問い合わせください。

レミケードを使用した場合の年間の医療費
年齢 所得区分 高額療養費適用後の年間金額(円)
70歳未満 一般 400960
一定以上*1 618710
一定以下*2 225100
70歳以上 一般 90850
一定以上*3 295100
一定以下*4 62850
*1 社保:標準報酬月額56万円以上、国保:同一世帯全ての国保被保険者の基礎控除後の所得の合計金額が670万円以上
*2 住民税非課税
*3 社保:標準報酬月額28万円以上、国保:課税所得年額124万円以上
*4 住民税非課税世帯または老齢福祉年金受給世帯

2)その他の負担軽減制度

高額療養費制度以外にも、下記のような様々な助成制度があります。ぜひ利用してください。
1. 確定申告 年間10万円を超えた医療費は確定申告すれば税金が戻ってきます。
2. 医療費の公費負担 悪性関節リウマチでは、特定疾患治療研究事業として、治療費が減免されます。(申請は保健所へ)
3. 更生医療 身体障害者の場合、自己負担の一部を課税所得に応じて助成されます。(申請は都道府県の福祉事務所へ)
4. 傷病手当金(国保は除く) 療養のために仕事ができなくなった場合に、給料の60%が保障されます。(申請は各保険者へ)
5. 重度心身障害者医療費助成 重度の心身障害者の自己負担を全額助成。(申請は市町村役場へ)

● 当クリニックでの治療の実際
当クリニックでは、外来でレミケードは2時間かけて点滴しています。あさ8:30に外来に来ていただき、正午には帰宅できるようにしています。エンブレルは皮下注射なので、時間はかかりません。下にはレミケード治療中の患者さんのうち1名の方の経過を示します。非常に効果が高いことが示されています。

* 患者さん(1)
 
治療開始後の週数  

レミケード開始により、疼痛関節が30から4へ、腫脹関節が15から4へ減少しました。効果は治療開始2週後には明らかです。炎症反応(CRP)は2.8から0.7mg/dlと著明な改善をみています。


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