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平田クリニック かわら版 No.9 (2005年9月)


第9回 当クリニックにおけるアレルギー減感作療法の効果と
減感作療法のアレルギー疾患予防に対する有用性について


1.今年(2005年)のスギ花粉症
今年は、近年になくスギ花粉が多く飛散した年でした。下に埼玉県坂戸市(城西大学薬学部による観測)の飛散状況を示しますが、去年にくらべて32倍2年前の2.9倍という猛烈な飛散で、症状に苦しんだ方も多かったと思います。ところが、スギ花粉エキスによる減感作療法(皮下注射)を受けている患者さんは、飛散が少なかった去年や、やや多かった2年前と比較しても、飛散が非常に多かった今年は症状が軽くて済んだ方が大部分でした。そこで、今シーズンの花粉症に対する減感作療法の効果を振り返ってみたいと思います。


左の図からは、今年(2005 年)はすさまじい数のスギ花粉が飛散したことがわかります。 昨年夏が記録的な猛暑だったため、スギが非常に多くの花粉を付けたことが原因です。

2.当クリニックにおけるスギ花粉症に対する減感作療法の効果
当クリニックでは、開院の2003年当初からスギ・ハウスダスト・ブタクサなどの減感作療法を施行していますが、2005年8月現在、スギ45名、ハウスダスト24名、ブタクサ3名の方々が治療を受けられています。

今回は、上記3種類のアレルゲンのうち、開院以来2年間のスギ花粉による減感作療法の治療効果をまとめました。今回の集計は最低6ヶ月以上、今年の花粉シーズン前から減感作療法を受けられたスギ花粉症患者さんのうち、本年8月時点で集計できた20名の方々の結果です。

患者さんの背景 男性13名  女性7名
平均年齢 36.5歳(分布は15歳〜62歳)

(1) 減感作療法による重症度の改善について

くしゃみ発作・鼻をかむ回数、鼻づまりの程度から、鼻アレルギー診療ガイドライン2002年版(鼻アレルギー診療ガイドライン作成委員会、ライフ・サイエンス発行)に基づき

1=無症状        2=軽症        3=中等症         4=重症         5=最重症
に分類し、3年の経過をみました。結果を下に示します。特筆すべきことは、飛散が少なかった2004年より飛散が非常に多かった今年(2005年)の方が軽症化している患者さんが多かったことです。更に、減感作療法を継続することにより、2003年、2004年、2005年と年を追って症状が改善していることがわかります。
グラフの赤い太線はの図からは、名の患者さんの平均値の推移を表します。それ以外の線は、個々の患者さんの推移を表します。減感作療法の結果、重症度の平均値は、飛散がとても多かった今年でも、飛散が少なかった去年より改善していることがわかります。
グラフの統計学的検討(Wilcoxonの符号順位和検定)では、全体として見た場合、2003年と2005年を比較して有意な改善が認められました(p=0.0015 このpは計算された確率で、一般的にp<0.05のとき、有意な差があると判定します)。つまり、減感作療法により花粉症の重症度が明らかに改善していることがわかります。

(2)減感作療法による自覚症状の改善
スギ花粉が最も多く飛散する3月の自覚症状の程度を、下記のような100mmのスケールで患者さんに示していただき(ビジュアルアナログスケール(VAS)といい、症状が全くない場合=0mm、最悪の症状=100mmとします)、減感作療法の効果を検討したものを下記に示します。


下のグラフの通り、自覚症状についても、2003、2004、2005年と減感作療法を継続するにつれ症状が改善することがわかります。グラフの中に2004年から減感作療法を開始した方も数名いらっしゃいますが、開始1年後の今年のシーズンには十分な効果が出ていることがわかります。
グラフの統計学的検討では、(Wilcoxonの符号順位和検定)2003年と2005年を比較して有意な改善が認められました(p=0.0007)。つまり、減感作療法により花粉症の自覚症状が明らかに改善していることがわかります。
グラフの赤い太線は、20名の患者さんの平均値の推移を表します。それ以外の線は、個々の患者さんの推移を表します。減感作療法の結果、自覚症状は、飛散がとても多かった今年でも、飛散が少なかった去年より改善していることがわかります。

(3)減感作療法によるQOL(生活の質)の改善について
日常生活の支障度(仕事、勉学、家事、睡眠、外出などへの支障)を、上記の鼻アレルギー診療ガイドライン2002年版に基づき
1=支障なし  2=あまり差し支えない  3=2と4の中間  4=手につかないほど苦しい  5=全く出来ない
に分類し、3年の経過をみました。結果を下に示します。やはり減感作療法により生活の質が改善していることがわかります。支障度のスコアが1以上改善した場合を有効、スコアが2以上改善した場合を著効と判断すると、
有効率=90%            著効率=50%
であり、減感作療法の有用性が示されました。
グラフの統計学的検討でも(Wilcoxonの符号順位和検定)2003年と2005年を比較してスコアの有意な改善が認められました(p=0.0051)。
つまり、減感作療法により花粉症によるQOLの低下が明らかに改善していることがわかります。
グラフの赤い太線は20名の患者さんの平均値の推移を表します。それ以外の線は、個々の患者さんの推移を表します。減感作療法の結果、生活の支障度は、年を追って改善していることがわかります。

3.減感作療法はいつまで続けるのでしょうか?

減感作療法は、以前の「平田クリニックかわら版」にもお示ししましたように、3年以上、できればより長期間続けることが世界的に奨励されていますが、下記のようなアレルギー性鼻炎の治癒判定基準が提唱されており、この全てを満たす場合減感作療法を中止する目安になります。
表で、通年性アレルギー性鼻炎とは、ハウスダストによるものです。表の中の、通年性鼻炎のB、スギ花粉症のCの検査は、研究室レベルのもので、保険適応になっていないため、臨床的にはそれ以外の項目を満たせば治療終了でよいと考えられます。
(出典:鷲尾有司ら アレルギーの臨床23(2)p107-112, 2003年)


4.減感作療法に関するトピックス


(1)減感作療法は、新たな喘息の発病や、新たなアレルゲンへの感作を抑制する

花粉症の患者さんのうち、約20%が将来気管支喘息を発病するという報告があります。減感作療法は、気管支喘息にも有効であり、治療法の中で唯一気管支喘息の自然経過を変える(体質改善できる)治療法です。アレルギー性鼻炎だけに罹患している患者さんに減感作療法を施行することにより、体質が改善され、新たな気管支喘息を予防できることが最近の研究で明らかになりました。以下に概要を記します。

<1>PAT(Preventive Allergy Test)試験(Moller C et al. J Allergy Clin Immunol 2002;109:251-6(アメリカアレルギー学会誌))
減感作療法により気管支喘息の発症を阻止できるかという疑問に答えるため実施された、オーストリア、デンマーク、フィンランド、ドイツおよびスウェーデンで実施された多施設共同試験です。花粉症がある6〜14歳の小児205名を対象としました。試験開始時に喘息症状がない小児では、減感作療法(雑草花粉、あるいはカバノキ花粉による)開始3年後の気管支喘息発病率は、減感作療法を行った群では、行わなかった群に比べて有意に少なかった(オッズ比2.52、p<0.05)。すなわち、減感作療法を施行しない場合、気管支喘息になる確率が2.52倍上昇することが明らかになりました。(下の図)
減感作療法施行群では3年後に喘息を発病した割合が24.1%であったのに対し、減感作療法を施行しなかった群では44.4%が気管支喘息を発病し、発病率が2.52倍になったことを示しています。花粉症の減感作療法をすることで、アレルゲンに対する肺の過敏状態も起こりにくくなる(体質改善ができる)ことがわかりました。花粉症の場である鼻腔と気管支喘息の場である肺は体の中でつながった臓器であり、上気道(鼻)のみならず下気道(肺)のアレルギー(気管支喘息)の予防に有効であることが確認されました。

<2> ヒョウヒダニだけに感作された気管支喘息がある小児にダニ減感作療法を施行すると、その後新たなアレルゲンに対する感作が起こりにくくなる(Pajno GB et al. Clin Exp Allergy 2001;31:1392-7)
ヒョウヒダニアレルゲン単独に感作された(特異的IgE抗体がある)間欠型(軽症)の気管支喘息の小児で134名を登録し、減感作療法をする群としない群にわけ、6年間追跡調査しました。調査終了時点で減感作療法を行った群は有意に新たなアレルゲンに感作されないことが皮膚反応(プリックテスト)および血清の特異的IgE抗体検査によりわかりました。新たな感作のアレルゲンで最も頻度が高かったのはヒカゲミズ花粉、草木花粉およびオリーブ花粉でした。(外国の論文のため日本とはパターンが異なります)
試験終了時に新たなアレルゲンの感作が証明されたのは、減感作療法群では24.6%(69人のうち17人)でしたが、減感作療法を行わなかった群では66.7%(54人のうち36人)で、有意差をもって減感作療法群が感作されにくいことがわかりました(p<0.0002)。
すなわち、気管支喘息があり、ダニアレルギーがある小児は、減感作療法により新たな感作(アレルゲンに対する免疫反応)が予防できることが確認されました。
このように、減感作療法には、今ある症状の緩和だけでなく、将来の新たなアレルギー疾患の発病を予防する効果があることが明らかにされつつあります。減感作療法は1915年にCookeらにより始められた歴史のある治療法ですが、まさに「古くて新しい治療」であるといえます。

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