平田クリニック かわら版 No.13 (2007年4月) 第13回 胃がん と 大腸がん
1. 近年の傾向と疫学 (1)大腸がん 近年、日本では、大腸がんは増加しており、大腸がんの死亡数は2004年では男性21835名、女性18207名であり、20年前の約2倍です。死亡数は、がんの中で、大腸がんは男性では第4位、女性では2003年から胃がんを抜いて第1位となりました(上のグラフ参照)。大腸がんの増加は、ライフスタイル・食生活の欧米化という環境要因の変化が原因として指摘されています。 大腸がんの危険因子 WHO/FAOの2003年の報告では、肥満が確実な危険因子とされました。また、牛や豚など赤身肉や加工した肉食品、貯蔵肉の摂取量が多い人にリスクが高いとされています。これは、動物性脂肪による細胞分裂促進作用や、動物性たんぱく質の加熱により生成される発癌物質による影響が推定されています。 大腸がんの予防因子身体活動(運動)は確実な予防因子となっています。運動により腸の蠕動が改善し、排便を促すことや、免疫能が賦活されることなどが要因と推測されています。また、野菜や果物の摂取も、ほぼ確実な予防因子です。食物繊維については、現在のところ予防効果は研究により一致しておらず、「証拠不十分」に分類されていますが、最近の日本での疫学研究(厚生労働省研究班による多目的コホート研究)では、食物繊維の摂取が極端に少ない場合には大腸がんのリスクになる可能性が指摘されました。 (2) 胃がん 一方、胃がんは、かつてわが国ではがん死亡数のトップでしたが、1999年以降は肺がんに抜かれて第2位となっています。それでも2003年には約5万人が死亡しており、依然多いがんです。世界的にみると、胃がんの罹患率は、男性では韓国についで第2位、女性では日本が第1位で韓国が第2位で、日本は韓国とならび、胃がんの最も高率な国といえます。全体としては、東アジアの他、東欧、南米諸国に胃がんは高率にみられ、反対に、北米、豪州、北欧諸国など先進国では低率です。 胃がんの危険因子塩分と塩漬け食品はほぼ確実な危険因子です。また、ピロリ菌(Helicobacter pylori)の胃粘膜での存在も確実な危険因子とされています。 胃がんの予防因子 大腸がんと同様に、新鮮な野菜や果物の摂取がほぼ確実な予防因子とされています。かつては欧米先進国でも胃がんは多かったのですが、近年は著しい減少が見られています。この減少は主に、冷蔵・冷凍保存などの食品貯蔵方法の改善による塩分摂取の減少、新鮮な野菜や果物の摂取増加によってもたらされたとされています。
(3)がんと環境・遺伝
2. 胃がんとピロリ菌 ピロリ菌は、現在わが国の50歳以上の人の60%以上に感染している、とてもポピュラーな細菌です。ピロリ菌は幼少時に感染すると、持続感染が成立します。ピロリ菌の持続により胃粘膜に胃炎が継続し、胃粘膜の萎縮が発生します。その後、腸上皮化生という変化を経て、DNAの障害が蓄積して様々な遺伝子異常が起こり、胃がんが発生してくるとされています。わが国における胃がん症例のピロリ菌抗体陽性率は約90%で、胃がんの殆どにピロリ菌が証明されています。1999年に発表された報告では、10個の大規模な研究(1991年から1997年までのもの)を評価すると、ピロリ菌が陽性の場合は、陰性の場合に比べ、胃がんになる危険が2.5倍も増加することが分かりました。(Aliment Pharmacol Ther, 1999) また、わが国の報告では、ピロリ菌感染の有無と胃がん発生の関連性をみた前向き試験があります。これは、平均8年間の内視鏡による経過観察で、ピロリ菌感染者1246名からは36名(2.9%)に胃がんが発生しましたが、ピロリ菌に感染していない人280名からは胃がんは一人も発生しませんでした。(下のグラフを参照 Uemura N et al, N Engl J Med, 2001)すなわち、ピロリ菌感染者は、非感染者に比べて胃がん発症のリスクが遥かに高いことがわかりました。
更に、胃がんの内視鏡治療を行った患者さんを、手術後にピロリ菌除菌を行った群と、行わなかった群に分けて経過を観察すると、除菌した群のほうが胃がんの再発が有意に抑制されたと報告されました。 (下図参照 Uemura N et al, Cancer Epidemiol Biomarkers Prev, 1997)
当クリニックでは2007年3月に直径約5mmの胃内視鏡(従来の約半分の細さです)を導入いたしました。従来の内視鏡より検査時の負担が少なくなりましたので、検査をご希望の場合は担当医あるいは受付けにお申し出ください。 3. 大腸がんの早期発見 現在わが国では大腸がんを早期に発見するスクリーニング方法として、便潜血検査(FOBT)が老人保健事業へ組み入れられて以来、大腸がん検診として全国に普及しました。2日間にわたり2回の検便を行い便潜血の有無を免疫法を用いて行う簡単な検査です。この検査は、日本消化器癌検診学会によると、進行がんの約80%、早期がんの約50%を検出し、毎年検診を行うことで75%以上は救命可能な段階で発見されると報告されています(毎年検診を受ける方が、1年おきに受けるよりも大腸がんによる死亡抑制効果が高いことがわかっています)。但し、便潜血陽性でも95%はがんではありません(痔核などが多い)。従って便潜血陽性であれば念のために大腸内視鏡でがんの有無を調べることになります。 便潜血検査の有用性について、東京大学の岡本らの報告があります(日本内科学会雑誌 2006年)。1995年から2006年までに大腸内視鏡で発見された大腸がん1051名のうち、便潜血検査がきっかけで発見された397名(検診群)と、自覚症状がきっかけで発見された569名(有症状群)を比較検討しました。下の表は、その結果を示しています。
この表からは以下のことがわかります。検診群では早期がんが69%を占めたのに、有症状群では33%にとどまりました。肝臓など遠隔転移を起こしたのは、検診群は1%であったのに、有症状群では11%にもなりました。すなわち、大腸がん検診で発見されるがんは、早期であることが多く、転移が少なく、予後が良いことがわかります。一方、症状がでてから発見されたがんは、既に進行がんであることが多く、転移も多く、予後が必ずしも良くないことがわかります。 しかし、上の表にあるように、便潜血による大腸がん検診でも約30%が既に進行がんであることは問題です。 そこで、米国のACS(American Cancer Society)では、大腸がんのスクリーニングのガイドラインとして、 ●毎年の便潜血検査 ●5年毎の注腸検査(バリウムによるレントゲン検査)とS状結腸内視鏡検査 ●10年毎の大腸内視鏡検査 の組み合わせを推奨しています。 便潜血検査以外に定期的に注腸検査や内視鏡検査を併用して、なるべく早期のうちに発見しようとする試みです。 わが国でも今後更に大腸がんの増加が予想されるため、40歳を超えたら(大腸がんによる死亡は男女とも40歳以上で増加し、50歳代から急増します)、まずは便潜血検査から始めてみてください。当クリニックでも便潜血検査を積極的に行っています。大腸内視鏡については、他の医療機関にご紹介しています。
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